研修医の声

荘内病院快挙!!!!事実上フルマッチ!!!!

やぁりましたね!!!!!!!!!!!!!

私は嬉しくて嬉しくて、何にもいえないですよ!!!!!!!!!!!

このうれしさは、自分が受かるなんかよりもはるかに凌駕するかのような、

呼吸器でICU生活を終えたあたりに先生に「助かりました」と一声かけて頂いた時よりも、

フルマッチが確定して、至る所で「フルマッチですよ!!!」と吹聴して回った時よりも、

子供のときのクリスマスと正月と誕生日とゴールデンウィークと夏休みと冬休みと振り替え休日が同時にくるよりも、

ーーーー回想はじまりーーーー

佐藤「そういえば、全員卒業試験とおったんですかね?」

秘書さん「え、」

佐藤「え?」

秘書さん「実は・・・・」

ーーーー回想おわりーーーー

いろんなことがこれまでありました

整形の先生に、

「やっぱり研修するからには何かしら目標がないとだめだよね。何かできるゴールがあるようにしたほうがさ、いいよね」

と今日言われましたが、まさしく私の研修の目標は

二年連続フルマッチ

未だかつて、研修の目標を研修医獲得だと言い切った人間はいるのか、いやいないに違いない

私の研修生活のモチベーションのすべては、たくさんの後輩に囲まれること、これに尽きますよ

その始まりである、一年目フルマッチ

ーーーー回想はじまりーーーー

佐藤「先生、フルマッチしましたよ!!!!!」

上級医A「こなきゃ意味ないからな~笑」

上級医B「まえいっぱい落ちたしね」

上級医C「うかるといいよね~~」

佐藤「ぐぬぬ・・・」

ーーーー回想おわりーーーー

フルマッチは確約ではない、フルマッチははじまりでさえないのだ

誰かがいいました

確かにその通り、私は一度涙をのんだ

しかし、それでも尚私は諦めなかった

事実上フルマッチ

もちろん、その事実とはなにかはわからない

私の中で引いた、私の中でのフルマッチの基準

それを満たす条件、それこそが...

4人全員合格

それがついに、達成されました!!!!!!!!!!!!

やりましたよ!!!!!!!!!!

いっぱいの研修医、いっぱいの若者、とんでもなくアクティビティーの高いメンバーが揃いました!!!!!!!

みんな合格してくれてありがとう!!!!!

いっぱい勉強して、いっぱい遊んで、いっぱい飲んで、いっぱいしゃべりましょう!!!!!!

上から下までみんな仲のいい荘内病院の研修スタイルを確立させましょう!

上級医ともよりコンタクトを取り、研修医がコンサルトしやすく、教えて頂けるような、そんな雰囲気が今着々と仕上がってますから

最後のマスターピースは君たちだった!!!

四月から待ってるよ!!!!!

素晴らしい日だ!!!!!!!!!!

一年目 歓喜に溺れる研修医 佐藤

2019年03月19日

研修医

学生さんロスなので、、、

やっぱり研修医室に学生さんが居ないと寂しいものですね

春になれば研修医がばっちり増えて~かと思いますが、それに合わせて学生さんも春休み

私が学生の時は三月から既に実習が始まってましたが...山形大の実習はゴリゴリでしたからね

別にdisって無いですよ、いい意味で

寂しいなあとF氏とSMKW氏と喋ってるとやっぱり思い出すんですよ、直前に回ってた学生さん

直前に回ってた学生さんとは大学時代から知り合いで、地元もこっち

巧みな庄内弁を武器に一週間にして荘内病院に溶け込み、もうずっとこっちに居たかのような錯覚まで

「一緒に研修したかったなぁ~」

と思いながら、僕らにメリットもかけらもないのに全力勧誘しましたよ

といっても前回回ってきた学生さんに限らず、山大の学生さんって、一癖二癖あるだけでなく、大概面白いから僕らも毎日楽しいわけで

冬になってから始めた「全力勧誘鍋会」を企画しました

いつだかあんこう鍋を食べた時にF氏が言ってたんですよ

「僕らの鍋のが美味しいんじゃない?」

確かに...高級食材に拘る必要なんてないんですよ、鍋って

旬で美味しいものをひたすら入れたり、美味しいものをひたすら入れれば美味しくなるにきまってる

寒鱈、サクラマス、ノルウェーサーモン、謎の白身、ブリ、タコ、カキ、色んな野菜、ブタバラ、トリモモ、野菜各種、岩のりetc...

とりあえずたくさん入れて

出汁めっちゃ出てて、美味しくならない訳が無い

今回は雑に買い物を済ませた後、仁さん含め、各科の若手の先生にも声をかけ7人でやりました

DSC_0792.JPGDSC_0790.JPG

こう並んでいるのを見ると微笑ましい...

部活で鍋やってた頃を思い出してなんか楽しいです

DSC_0788.JPG

学生さんも自分ちのお酒だよ~と

上はピンカラと呼ばれる、本醸造の辛口

以前魚串銀にいった時、マスターが「ピンカラまじでうまいっすよ。熱燗だともう止まんないっす。ほんとマジで」

と絶賛していたもの

おうちからとっくりを持ってきてもらい、熱燗にして!

鍋にぴったんこ、お魚に合いますよね

所謂一般酒のランクでお求めやすいものですが、そんなん抜きにめちゃくちゃ飲みやすくて美味しい

冷やでも美味しい

大吟醸で高いお酒も美味しいけれども、安いお酒も味がわかれば美味しいですよ

やっぱり料理には辛口ですな

DSC_0787.JPG

「まだ未発売なんですけど」

と、にやにやしながら出してくれたのがこちら

フェアリーは甘くて飲みやすいシリーズ

冬のもべらぼうに美味しかったけれども、春のも美味しい

さけざけしさは冬のが強かったけれど、春はさわやかスッキリ

ほんと春っぽい

まだ店頭に並んでるの見たこと無いから、早く買いたいですよ

DSC_0789.JPG

「私的にはこれが一番好きなんですよね」

ニッコリでオススメされれば飲まない訳には行きません

味がはっきりしていて、つまみも要らないレベル

かくして竹の露酒造の3本に加えて、みんながそれぞれ持ち寄りました

上の先生たちも仕事が一段落した頃にポツリポツリで来て下さって、23時くらいには全員集合

長い長い夜でした

気付けば合計2升くらいは空きましたかね

皆が皆溶けてこめてて、誰にも気を使わなくていい飲み会ってなかなかありませんからね

この飲み会が終わってからしばらくはFが「あれ楽しかったね~」

と感慨に浸っていました、今も尚

奇跡の夜でしたよ

研修医生活昼も夜も毎日楽しいけれども、あの日を超える日は再び訪れるのでしょうかね

人ある所にイベントあり、来年の新しい研修医と、医局人事でいらっしゃる上級医の先生方との絡みに期待ですね

1年目研修医 佐藤

2019年03月19日

研修医

荘内病院見学ラッシュ

三月に入り学生さんが春休み突入したのも相まって、学生さんの見学が続々です!

と言っても...お隣日本海病院と比べたらあまりに弱いラッシュかもしれませんが、私達研修医としては実習に来た学生さんから「研修医の先生に良くして貰えたから」とまたきていただけるとなると、こっぱずかしくも嬉しいものです

F氏と共に毎日イキイキ、目指せ2年連続フルマッチへの階段を上っているところです

中でも2月終盤にいらしてくれた学生さんの見学が極まってました

というのもその学生さん、生まれも育ちも国籍も日本ながら、外国の医学部を卒業し医師免許取得済

ええっ、何でそんな人が荘内病院に??

いったい誰が勧めたんだ、誰が連れて来たんだ??

とあまりに縁もゆかりもなくて、受け入れる私達としても驚いていたものです。

ちょうど私が回っていた整形外科を回ってくれて、実際にお話をし、歓迎会ではいいこといってくれるんですよ

「荘内病院のブログを見てきました」

私だあああああああああああああああああああああああああああああ

「インターネットで研修医 ブログで調べたら目に見える範囲に出てきました」

まじかあああああああああああああ 

他の国でも検索引っかかるレベルでアクセス数あるんかこれ

「まさかあなたが研修医 佐藤さんですか」

・・・はい、私です(照)

「国家試験前は勉強につかれた時に、ブログで癒されました」

私は...あなたのその一言で癒されます

「鬼神金野さんはいますか?」

いねえええええええええええええええええええ

こころの医療センターや

ということで、ついに、ついに、念願のブログ伝いの見学者獲得!!

そして、diversityへの第一歩ですよ!!外国医師国家試験免許持ち!!

ブログ作戦報われましたよ、ほんと...

商業ブログ立ち上げて小銭稼ぎなんかよりも、ブログを見て鶴岡に興味を持ってもらう方が価値が明らかに高いですからね

お金に全く困ってませんし、満足できてますからお金なんかがモチベーションになりませんし

やはり荘内病院、鶴岡を知って貰うことがこれ以上ないブログを書くモチベーションですよ

大分読み込んでくれてて、私が何となくで書いた記事であったり、だだちゃスープなんかも覚えててくれてて、そんでわざわざ荘内病院まで来てくれましたからね

存分にうちの病院の良いところ、悪いところを包み隠さず説明して、鶴岡市のいい所、鶴岡市民のいい所まで詳細に説明しました!

医療をする側としても、医療を受ける側が協力的で、優しい方々ばかりだとやりやすいですからね

コメディカルの方々も多くは心優しい鶴岡市民で構成されていて、患者さん達も心優しい鶴岡市民

医療者側、患者側共に思いやりが溢れる現場があって、筆舌し難い程に思いやりが溢れ、個性あふれる上級医の先生方に尽くして頂ける環境なんて日本中探してもここ位ですよ、きっと

いや、他にも同じような施設、地域はあるかもしれませんが、それは荘内病院と全く同じではありません

荘内病院独特の雰囲気、独特の「研修医に対しての」温かさがありますから

私がこういった勧誘活動をしたくなるくらいに、これでもかと尽くして下さる教育熱心な先生方に恵まれてますからね

若者で溢れ返るような病院にするぞ

と、少子高齢化、医師不足に真っ向から抗う先生方ですから、これ以上なく頼もしいものです

今後も先生方との更なる良好な関係性を構築して、今後もより研修医がやりやすく、先生方もやりやすく立ち回れるように調整して、年度を経る毎にどんどん研修環境が良くなるようにフィードバックしやすい状態へと整えていきたいです

実利が無くとも、よりよくすることに関してはFと私は貪欲ですよ

ですから、見学にいらして下さった学生さん達は次は面接に、出来るなら見学とセットで再び来て欲しいですね!思ったよりもいいとこですよ!

ということで、このブログを読んでる学生さん、是非とも荘内病院へ!

1年目研修医 佐藤

2019年03月15日

研修医

レジナビ東京行ってきました!

夏同様に、コミケが開催されるビックサイトにて3/10レジナビ東京が行われました

前回同様に吉田先生、和田専門員、F、私の最強の布陣で

私としても今年の集大成だと言わんがばかりに、キツイ整形の後に三日連続飲み会で喋りの調子を整え、自衛隊セミナー、吉田グルメツアーでいっぱい喋って絶好調

四連続勧誘イベントで話慣れたネタに加え、新ネタも引っ提げてのレジナビです

今回はスライドも話しやすいように作り変えて、荘内病院の研修のらしさを前面に押し出していきました

良い所、悪い所を惜しげなく説明し、研修医として2年間だけ過ごす分には申し分なく、症例数・優しすぎ指導医陣・QOL・福利厚生の充実さをこれでもか、と

今ブログを見てくれている中で、お話した学生さんがいるとすれば、少し引っかかるところがあったかと思います

是非とも一度見学に来て頂ければ、言わんとすることがわかるかと思います

病院全体の優しい雰囲気、親父っぽい、兄貴っぽい先生方と触れ合えば一緒に働いてみたい、と思えるはずですね!

是非とも来て頂きたい!そして飲みに行きましょう!

今回はお話を聞いてくれた学生さんの数も、他の山形県の病院と比べたらまずまずいたのではないでしょうかね

県内での知名度がほとんど、全くない程に学生さんから見向きもされない荘内病院ですから、より県内の学生さんにもお話を聞いてもらいたいですが、今回は立地が角っこだったのもあって、色んな大学の学生さんがフラリと立ち寄ってお話を聞いてくれました!

都内、関東圏の病院と比べると、東北地方は段違いの待遇ですし、その中でも研修医ファーストの部分が多く、研修医の為に尽くしてあげたいと思って下さる先生方ばかり、と言うのは荘内病院のウリですから、割と驚かれることの方が多かったですね

何か裏があるのでは?

と勘繰られることもありましたが、きちんと悪いところも話したうえでも、やはり私達が楽しそうにしているところを見て、本当にいいんだろうな、とコメントをくれることもしばしばで、ほんとその通りですよ

他人からの評価とか、パンフだとか見ても研修の実態なんて何にもわかりません

そこで働いている人と触れ合って、実際に見て、普通言えないことまで全て聞いた上で、自分の目で評価しないと本当に自分に合うものは見つかりません

荘内病院の勧誘をしているはずなのに、その人に合いそうだからと県中、日本海、山大、置総を進めたりしてしまう我々ですが、やっぱり研修医と言うのは最後のモラトリアムの期間ですからね

最高に楽しい二年間をすごして貰いたいですから

その最高に近いと我々が思うのが荘内病院で、今の雰囲気は最高に良いですからね!

是非とも見学にきてもらいたいです!

1年目研修医 佐藤

PS

F氏とタッグを組んで話すのも大分回数を重ねてきましたが、今回は仕上がってました

毎回レジナビの為に喋りをブラッシュアップさせてきたのも相まってか、きみまろに近いレベルまでいっていたことでしょう

気付けば20分ノンストップ早口で説明しきれるようになりました

次のレジナビでは更なる笑いが取れるように精進していかねばなりませんね

しかして、それだけコミュニケーション能力が高まると言うのも荘内病院という超高齢化社会を担う急性期病院ならではなのかもしれません

普段頭の良い層としか話していなかったから、そこまで気を使う必要が無かった大学時代と比べて、色んな知能、色んな理解度、色んな年齢、色んな生活環境の人と話す機会がありますから

加えて市民病院ならではの敵意が向けられることも多々あるわけで

その中で如何に相手を不快にさせずに、両者納得いくような会話を進めながら解決策を考えていけるか、というのが求められます

これまでの生活とのギャップが余りにかけ離れていて、どこまで寄せるかと言うのもまた難しさなのかと思っていましたが、鶴岡市民の文化的側面を加味して考察していけば、ある種の自分の中での答えというのも見つかってきたものです

地域医療の本質って、その地域を人から環境まで理解した上で、その土地での正解を見つけ出すことなのかもしれませんね

これを理解するためのコミュニケ―ション能力、正解を見つける為のコミュニケーション能力と言うのは別物で、とりわけ前者に関しては千差万別、そこまで考えている地元民なんてそもそも論としては誰もいない訳ですから、一般化された解答を得ること等出来ません。

多くの人に接することで経験則として得る以外に方法はないことでしょう。

この意味でこの地域に長く住むベテランドクターというのは、生き字引に近しい存在なのかもしれませんね

鶴岡というのは超高齢化社会、日本海と最先端治療に関して棲み分けが必要、と呼吸器外科と心臓外科がむこうに集中していますが、その分超高齢者の受け皿としての機能や緩和ケアに力を入れています

これまた言い方を変えれば、日本全国が超高齢化社会になった時に、30年後、50年後の日本の姿を我々が裟気取ってみているわけです

言うなれば未来医療の中にいるといっていいでしょう

高齢者医療のエビデンスは無いと言われて久しいですが、大分溜まってきたとも言われますよね

ここ荘内病院のベテランドクターは、現状の医療に対しての答えを一人一人が持っています

それゆえの問題点も理解しています

こうした日本の未来を先取りして経験する、と言うのは、ある種下手な大病院に行くよりも良い経験になるでしょうし、田舎でこういった病院でなければ知れない世界なのかもしれません

加えて、地域医療の本質を、地域を理解することだとし、その地域ごとを理解するメソッドを確立できれば、どこの地域に行っても十分な地域医療が出来るようになるやもしれませんね

この意味でも荘内病院での研修は、規模的にも症例的にも、都市部に行きたい人にこそむしろオススメできますね(言い過ぎですかね...)

2019年03月11日

研修医

病理研修終わりました

先日、一週間の病理科研修を終えました

研修医卒業案件(我々を最後まで苦しめる)レポートの一つにCPCレポートがあり、剖検が行われた症例に関して1例、解剖から発表まで担当しなければいけません

Fと私は昨年秋ごろに解剖に立ち会い、全ての臓器が標本としてまとめられた段階で病理研修をし、顕微鏡を覗いては議論し、パワポにまとめ~をしながら、先生の日々の業務を体験するという日々

私達の目標としては「一週間で発表まで仕上げる!」でしたが、まず無理でしたね

仮説は立てて考察の本線までは作れましたが、お薬が足りないと言うことで、また今度、と

パワポは早々に頓挫しましたが、病理研修そのものは非日常で面白いものでしたね

病理と言えば、手術で取れた腫瘍や、生検、剖検などを標本にして、ひたすら専門書を引きながら診断を付ける仕事(ざっくりしすぎて怒られそうですが、、)

どれも標本にする際に必要なのがホルマリン

私達が研修に来た初日に先生がまず説明して下さったのはホルマリンの怖さ

ホルマリンで目が乾燥するから、僕はいつも泣ける音楽をかけてるんだよね

手術中にope室で音楽をかける先生はどこの病院でも一定数いるかとは思いますが、合理的に音楽をかけているのはここぐらいなのではないでしょうか

目がやられれば仕事になりませんから、目の保護は必要不可欠

泣ける音楽と言うのだから、きっと懐メロが...と思いきや、ゴリゴリのclassic

Oh...オーケストラで泣けますか

先生が「絶対泣ける」と流すのは東京オリンピックに関わる曲

確かに世代であれば泣けるけど...私の目はかっさかさ、リアルに「目が、目がぁ...」とやられる始末

目を潤す為には生理的現象を人為的に起こす他なりません

これがもし偶発的だったら...何も言えない

しかし音楽が流れる職場というのは非常に素敵なもので、知らないクラシックや色んな映画のBGMやゲームミュージックの作家の曲を聞かされるとどんどん気になっていくもの

「あの曲ありますか」

と聞けば

「あるよ」

と流してくださいますからね

クラシック好きのFもノリノリで、仕事の合間のフリートークがキレッキレ

技師さんもかの有名な音部のOBで、今でも音楽に深く携わり鶴岡で行われるコンサートでコラボしている程で、これまた造詣が深い

病理科の面白さは音楽と共にあり

加えて先生の持ってるネタが面白いんですよ、、、

病理の専門書コーナーにはたらく細胞がしっかり並んでいて、先生と語り合いましたよ、血小板ちゃんの可愛さに

ただあれだけ可愛くても、大きくなることは無いし使い捨てだから、そうしたムゴイシーンが描かれないことを私は願っておりますよ

来年度からは病理科ももっと盛り上がりますから楽しみですね

空き席がいつでもあるみたいで、嫌なことがあったら逃げ出してきても良いとの確約を得ましたのでたびたび遊びにいきたいと思います

・・・病理の話は一切せず、音楽を聴きに

1年目研修医 佐藤

2019年03月09日

研修医

「またドカッと降るかもしれませんね」

スカーゼでご飯を食べている時、マスターが一言呟く

鶴岡という街は四季折々、あまりにはっきりとしている一方で冬の終わりが明確でない

4月になろうとしているのに降るなんてのもまれにある

2月の終わりは冬の終わりを意味せず、暦の上での春だからといって3月は油断ならないのだ

―――――

季節毎でその到来を予感させるのは何も天候、気候だけでは無い

食卓に並ぶ食べ物であったり、その時の風の匂い、環境の変化、道行く人の数などなど、目にして、肌で感じてわかるものが多い

私も住宅地以外全て田んぼの中で暮らしていたが故、そういった感覚は鋭敏で、とりわけ風の柔らかさと匂いに季節を感じることがある

コブクロの楽曲に「風」という曲があるが、風に誰かもしくは何かが重なる経験と言うのは、色んな風が吹く鶴岡ではよく感じることだ

暑がりなのもあってか、私はすぐに窓を開けたくなる故に、風を感じてきた時間も人より少し長い

四季は、記憶は、その瞬間にしか出会えないものと共に生きている、ということには幼いころから気付いていた

様々な植物が放つ初々しい香りに、どこか土の臭いが乗る風は、少し冷たいながらもそこまで嫌じゃない

むしろ少し柔らかくて外に出るのが楽しくなる

窓際に座り、現代文の授業中に風を感じてうとうとしたり、部活で汗だくになったままでも外が気持ち良くてそのままはしゃいでいた

鶴岡の春と言えば花見に天神祭

部活帰りに皆で行けば多くの高校生がどこかしこで買い食いしている

「鈴木、リンゴ飴食べる?」

何故か佐藤なのに鈴木と呼ばれていた私に、無邪気に突きだしてきた可愛い子集団のエースは、ミス南校2位だったか

普段真っ暗な鶴岡公園をよりきらびやかにして見せたのは間違いなく彼女たち

私にあの情景を思い出させてくれたのは、くしくも彼女たちと再会したとか、そんなものではない

あまり晴れない時期の、雲一つ無く晴れたスッキリとした日の夜風だった

車もあまり走ってなくて静かな、長袖でちょうどいい日の、柔らかくて少し切なくなるような風

その風を以前浴びたのは、皆と騒いでさようならした後

騒いだ後に帰ると、少し物足りなくて、ちょっぴり切なくなるそんな感じ

1人だとその柔らかさは少し辛いような、そんな風

日中はあまり風が吹かず、ただ暑いのが鶴岡

けれど一転して夜になれば涼しくなり、いつも思い出すのは塾の帰りの車の中

窓を全開にして、マックフルーリーを食べながら、その日の面白かったことを母に話す

中学の時通ってた東北大進学会がめちゃくちゃ面白いのなんのって

あの時出会った人で今でも密に付き合いがある人もいるくらいだから、本当に思い出の場所

何なら中学で一番思い出のあるのが、中学校で無くて中3夏から通った塾ですからね

夏に窓全開にして、七号線を走った時の生温いけど無理やり冷やしたような、汗はギリギリかかないような風がほんと好き

塾のことを何でも思い出すし、当時の塾の玄関の匂いでさえ思いだすほど

一番強烈に思い出すのは、寒くなり始めた10月の晴れた日の夕方5時

幼馴染と遊んだあと、さあ帰ろうかと話している時に吹いた、あの時の風

身体に染みるほどのような印象的なモノでは無いながらも、ただ普通に肌心地が良く、包まれるような風

夏が終わり、夏風から秋風に移行しようとしている中でもより秋よりの感じの、これまた長袖で丁度いいが春よりかは少し湿気がある

「えっ」

突如変なことを言われて、そう心の中で呟いたのを思い出す

小学校まではよく遊んでいたのに、引っ越してからはもう接点が無くなったが故に、ふと夜風に当たった時に思い出す

今何をしているんだろう

冷たいし、固いし、痛いしでいい思い出の方が少ない

病院から夜中ピッチで呼ばれて、でも車は雪の中に埋もれていて掘り出すのが面倒で歩いて行った時の、鶴岡の冬にしてはそこまで強くは無く、しとしとと雪が降り積もるようなやわい風は、これからずっと思い出すことになるのだと思う

電話で伝えられた状況よりも事態は深刻で無いことを祈りながら、足取りが重くて、夜中上級医に電話することになったら申し訳ないなとか思い、気分を上げる為に何か曲でもとスキマスイッチのrevivalを聞きながら

思ったよりも大したことなくて安心し、ローソンによってから帰ろうとした時のきた時とは異なる軽い足取り

おでんを買ってなるたけ揺らさないようにと気を付けながら歩いた時には、来たときよりも冷たい風が吹いて、早く帰りたいのに急げなくてもどかしい

官舎について、エレベーターを降りた時に吹いた、階段から強く吹いた風のウザったさ

そして足をとられた、微妙に雪が積もった吹き溜まり

おでんは大丈夫、守り切った

―――――

四季が豊か、風が豊かと言うのはそれだけでこの土地の豊かさを物語る

その日その日を自然が、大地が主張してくれるのだからそこに何かを感じて、自分の1日を重ねないともったいない

明日はどんな風が吹き、どんな1日になるのでしょうか

気持ちを揺さぶられるような1日になって欲しいものですね

1年目研修医 佐藤

2019年03月06日

研修医

ギンナン中毒

「研修医と一緒に救急入ると、普通じゃない症例ばっかり来るんだよね。まあ面白いからいいんだけど」

と以前救急に一緒に入らせて頂いた先生に一言頂いたのだが、その際たる例を経験したのもまたその先生と

以前、その先生+研修医二人で救診医帯の診療していた時のこと

「主訴:ギンナン中毒」

なんだそれ...としか思えないような主訴

しかもこの方しか居ないのなら、もうブログには書かないでお蔵入りしようかと思ってはいましたが、どうも複数例いるようで

私だけでも2人経験してますし、先日大ベテランの先生からも「ギンナン中毒って知ってる?」と聞かれましたから、もしかしたらこれまで話題にはならなかったにせよ、かなり多くの症例が埋もれているのかもしれない怖い病気なのかも...

私のパワポボックスにはもうまとめられていますがそちらは来年の1年目に向けてですから、鶴岡市民にも病院関係者の目にも触れるこのブログの特長を利用して注意喚起しておこうかと思います

①ギンナン中毒はギンナンを食べすぎるとなります

年の数以上食べるとなるだとかなんだとか言いますが、食べすぎるとなってしまうようで

その地域でよく聞かれる言い伝え通りに、あんまり多くを食べてはいけない食品の様です

鶴岡市内の居酒屋でもこの時期だとギンナンがよく提供されますし、かこなんかではいっつもおいてあるイメージ

手軽に手に入り、癖があってついつい食べてしまう食べ物な為に油断すればなってしまう

主訴がギンナン中毒の方は1日40~60個ほどのハイペースで食べてる方ばかりですね

ただ5個食べてもなる人もいるようですから、複数個食べることは命がけなのかもしれません

そもそも臭い食べ物ですから、人間の体としても「臭いでしょ?危ないからやめようよ」と訴えてきているわけで、食べない方が無難なのかも...

重症例は致死的

私が経験した症例は強直性痙攣、意識障害が初発で、一見てんかんのよう

嘔気嘔吐も激しく、気道確保が重要でした

入院後の経過をカルテ上追っていましたが、厳密な管理はそれほど必要とせず対症療法で軽快した為良かったですが、おおよそより重症な場合は鎮静下での挿管なんかも必要になってくるでしょうから、油断ならない疾患であることは間違いありません

論文検索をしても悲しい顛末に終わったものも散見されます

小児に多い

基本的には小児の病気で、中毒患者の90%近くが小児で成人例はまれ

年齢が低い程重篤になるケースがある、との記述も見受けられます

Fが小児科ローテート中に「ギンナンで中毒はあるんだよー」と先生が漏らしていたのを聞いたことがあるとも言っていたくらいですから、かなり有名なようです

機序は分かっている

ギンナンに含まれる4-O-methylpyridoxineVitB6を阻害することで相対的VitB6欠乏を引き起こす為に生じるようです

ビタミン欠乏と言えば糖利用に関わるVitB1が欠乏して起こる脚気、ウェルニッケ脳症、ビタミンB12欠乏や葉酸欠乏で上手いこと血が作れなくなる巨赤芽球性貧血なんかが国家試験で良く問われますが、他は何があったんでしたっけ

ただそんなん知ってるだけでは意味が無いってわけで、入院中にご飯が食べれない患者さんに使う総合ビタミン剤ノルニチカミンを知ってる方が重要でしょうか

B1、B6、B12が入っており広くカバーされてますからね

治療法にエビデンスは無い

いくら調べても「これやっとけば間違いない」っていう治療法は見つかりません

症例数が少なくて研究もそこまでなされていないようです

そもそもギンナン食べる国って他にあるんですかね

イチョウの木そのものが絶滅危惧種みたいですし

治療法としてはビタミンB6を静注する、というのがありますが、この量がまちまちなんですよ

私が先生にお願いされて中毒センターに電話したところ、提示された量はそれはもうとんでもない量でした

食べたギンナン分いれろって言ってるのかと思うくらい

それに緊急でビタミンB6をアンプルで切って使うような病気はまず無いでしょうし、論文にある通りの量を使おうとしたらストックも十分量必要でしょう

こんなの仕入れた最後産業廃棄物一直線なのでは、、、と思うくらいですが

それに「ビタミンB6を入れたから良くなった。だが、入れなくても良くなった可能性は捨てきれない」としか論文見る限り思えませんから、プラセボと比較して見ないことには何とも言えない

ただ、一発がある疾患故に、悠長なことを言ってられないのでしょう

やって悪くないなら、やらない理由にはなりませんし

いくらレアでも有事の際に救えるように病院側は準備を進めるようですから、安心してギンナン食べられますね

ということでざっくりまとめてみました

世界仰天ニュースでも取り上げており、秘書さんが知ってて私が知らない、何とも不勉強な事態にもなり、ERでもネットで調べて初めて生理学的機序を知った疾患です

これ以来私はERで「ご飯はいつ食べましたか」「何を食べましたか」と聞くようにしています

問診は大事ですね

PS

ギンナンと言えば銀杏BOYSを連想してしまうのは世代だからでしょうか

山形で生まれたバンドですね

中学の先輩がスゴイ好きだったのを思い出します

高校の同期でも熱狂的なファンが私の前に座ってましたし、やっぱり世代ってことですかね

当時よりかは私もギンナン耐性が付いたことかと思います

年とったってことですよ

1年目研修医 佐藤

2019年03月02日

研修医

整形外科研修1週を終えました

1週間経過したばかりですが、かなり疲れました

疲れる、と言ってもあまりの責任感にやられる、、、といった感じでは無く新しくて慣れないのが一番でしょうか

整形外科と言えば救急では非常にメジャーではありますが、ローテートしなければ全くの無知

加えて整形外科は身体所見とXpはセットみたいな科ですから、正確な問診と正しい画像オーダー、加えて読影のスキルを磨かなければいけません

荘内病院の整形外科研修の特長と言えばSuper 1st制度

患者さんが来たらまず飛びついて見に行って、即座に上の先生に電話してプレゼンしてもう一度先生と一緒に診察するというダブルチェック制度

一度は自分で診察してプレゼンまで出来るということはすなはち、一度は症例を考察する機会が貰えるわけですから、この制度を考えた先生はよっぽどの切れ者ですよ。頭使わないと何も得られない世界ですから

加えて上級医と共に診察が出来ますからミスは防げていますし、Load and Goなり、高エネルギーなら私は一報もらった時点でノータイムで上級医呼んじゃいますから、誰も損しませんしね

診察も、神経内科ローテート中にある程度のMMTは取れるようになってましたからそれを使ってその所見から画像オーダーしますが、「それはいらない、こっち」だとか、「こっちがいる」とすぐに指導いただけます

そのどれもが整形外科医ならではの視点で、理由を尋ねる度に「回って良かった...勉強になる」と感嘆させられます

Xpを撮ってみても整形外科医でなければ見つけられない所見もあり、せっかくだから整形外科医レベルに読めるようになりたいですから、ひたすらまとめを作っているところです

読めなかった時に、毎回「無理だぁ。。。」と漏らしてしまいますが、

「数読まなきゃ実につかないよ」

と先生に即答されるように、一週間回っただけでも回る前よりかは読める気がします

加えて先生方が皆マイペースで、個性豊かだし、優しいし、面白いしで「なぜもっと早くに回らなかった」と後悔が(どこの科回ってもそういってる気がしますが)

本当に良くして頂いて、毎日が充実しており幸せです

――――

整形外科の朝は早めで、研修医は7:25に病棟集合

一通りの処置の中で抜鉤やドレープ交換など出来そうなところをこなした後にカンファレンス

いくら少なくても1日30枚以上のXpを見ますから、一か月で600枚以上、高速学習そのものですよ

その後に外来見学しながら、先生に適宜身体所見の取り方やXp、CTの読み方を教えて貰いつつsuper 1stをこなします

お昼を食べたら午後は手術

宇宙服を初めて来て私は1人きゃっきゃ喜んでいましたが、「もう少し静かに」と看護師さんに怒られ

「いやいや、まさか宇宙服の中に顔面扇風機があるなんて普通に知らないでしょうよ、これで興味沸かないレベルの好奇心なら、医学部なんか来てませんよ」と胸中ツッコミの嵐でしたがね

そんなこんなしている内に再びsuper 1stしつつ1-3階を何度移動していることやら

気付けば定時になり「帰っていいよ」と先生から一声

日中はひっきりなしに動き回って座る時間なんて全然ありませんが、終わりは早いのがいいところ

ただ、身体の疲労感は残りますし、暫く朝が8:30出勤の科でしたから、7:20に着くように起きるのがかなり辛い

前日救急なんか入った暁にはおうち帰るの25:00とかでしょうし、それからとなると辛いですね

平然とこなす先生方は凄いですよ

まずは早起き慣れして体にこの生活を浸透させたいところですね

土日もお休みで、今年入って初めて何にもない土日を過ごすことが出来ています

いっぱい動いて疲れました

この土日はのんびりして、だらだら来月分までのブログ書き溜めしながら整形外科の勉強に励みますかね

もう一か月整形外科を楽しみ尽くしますよ!

1年目研修医 佐藤

2019年03月01日

研修医

呼吸器研修終わりました

荘内病院きってのゴリゴリ研修が売りだった呼吸器研修を経験しました

指導医の「じゃあやっといて」が怖かったのは最初の3日間ほど

気付けば「いついつまで点滴出して、内服薬にするには検査所見がこーなってないとダメで、だから検査出さなきゃダメで、そろそろ総括書きながら診療情報提供書も準備して...」みたいな感じにやらなければいけないことが多重折りに

担当患者さんが4人くらいながらも、入院から退院までの全てをやらねばならずマルチタスクが要求される

幾分学生時代から手間のかかる料理をタイムトライアルするのが好きだった私としては、複雑な工程を段取りよく処理するのが気持ち良くてなんなら楽しい

午前中にやることはここまで、午後にやることはここから、と区切って自分の時間も作りながら、わからないことは先生に聞くなり、カルテ上に「P 先生に○○に関し相談」と残しておくと見つけるなりすぐさまPHS鳴らして下さったり、帰りの会でコメントを下さったり、カルテに答えを残して下さったりと疑問を確実に解消して下さる為、律速段階が無く効率的に1日を過ごすことが出来た

空き時間も自分で文献や論文に当たったりしながら、先生にプレゼンをして最善の方法を探して議論をすることが出来、勉強になりました

日中これだけ充実していて、しかも定時で帰れると言うんだからこれ以上ない幸せ

経験した症例も一般的な肺炎、非定型肺炎、血気胸、胸膜炎、肺癌、IPF、COPD、FES等教科書に書いてあるメジャー疾患を一通り網羅したかのよう

回った後に知ったのですが、呼吸器科で最も忙しい時期は私が回った時期なようで...この時期に悪くなる患者さんが多いようです

「忙しい時期に来るとは根性あるやつだな」

と、先生は思っていたようですが、事務的にこの時期に呼吸器に秘書さんにされただけで、そんな忙しいと思ってきたわけではありません

何なら終診読みでゆっくりできると思ってきてたくらいですから...

私の中で誤算とも言うべき呼吸器科研修は、これまで回ったどの科よりもやることが多く、たくさん勉強が出来て、気付けば呼吸器専門医、内科認定医を調べ始めました

内科楽しいですよね

・・・と思っていたのが初めの3週間

残りの3週間は私の向学心が嫌でも満たされてしまう事態が・・・ICUの患者さんを任されたということですね

in-outの管理から、血圧管理、電解質調整にNPPV調整、に加えてawakeでA-line挑戦しての血ガス評価と更なる呼吸器設定

ライン上手く取れたときは思わず、近くにいらした麻酔科の先生に「出来ました」と報告いったくらいでしたから

加えてドパミンの使い方やらγ計算に加え、Caブロッカーの使い方まで、循環器の先生に教わりました

土日はずっとICUに居座っていましたし、残りの3週間は病棟管理では無くてICUの人に

「先生ICUドクターみでだの」

と揶揄されながらも、下手くそな指示に看護師さん達も付き合って下さいました

何とか病棟に上げることが出来た時の達成感は...思いのほか無く、ようやく「ICUから解放された」とホッとしてしまいました。多分普通の研修医であればここで達成感を得て武勇伝にするのでしょうが、私としてはホッとしすぎて、呼吸器研修最終日に発熱して解熱したことの方をネタにしたいですね。

ICUでは3人の患者さんを担当させて貰いましたが、しっかりとしたプロブレムリストを立案し細かく経過を追うことが一番地味ながら治癒には必要不可欠なのだと学ばされました

自分の中では「やらかした!」と思うようなことは無く、先生から怒られたことも無いので、治療そのものは平穏かつ一般的、有事の際もまずまずの対応が出来たと思いますが、登板機会が無ければ何も学べません

「俺、土日いないから」

と指導医の代わりに呼ばれるその日こそが、私が最も学べる瞬間でしたし、対処不能と判断出来ればすぐ先生に電話で報告するなり、病院に泊まり込んで経過を追い、自分でアセスメント出来る機会が豊富にあったというのは密度の濃さの象徴でしょう

こうした研修スタイルは研修始まりの方ではきっとただ負担に感じていたでしょうが、2年目に差し掛かろうとする今だからこそ、これ以上ない有意義な時間と感じることが出来たと思います

山大からのたすき掛けだったかんちゃん先生も、2年目で回って最高だったと言ってましたから、医師として少しずつ慣れてきた頃合いにちょうどいいんでしょうかね

忙殺されると言うより、責任ある仕事を任されててんやわんやというところで、土日も毎日出てきてメンタルが削られましたが、医師はそういう職業ですから

図らずも報われる瞬間は研修終わりに先生から頂いた一言、「助かりました」と

アニキと心の中で呼び続けた先生にそんな一言を頂けるとあれば、私も感無量です

かくして激動の1か月を終えた私。明らかに自分が強くなったと確信しています。なかなかこんな気持ちになることは無いですよ。指導医の先生には感謝してもしきれません。

次なる研修先は病理

おおよそ1週間ですが、私に「君が医者でいる限り、僕の言葉は絶対だ

と言う機会があるのでしょうかね

・・・組織像見てもろくにわからないこの僕に

1年目研修医 佐藤

2019年02月27日

研修医

デンデラ

「姥捨山の続編の映画あるって聞いたことあるけど知ってる?」

Sがおもむろに話し始める

「庄内で撮ったって聞いたけど」

ぬぬぬ、それなら少しはきいたことあるかもだが...結構色んなの撮ってるからわからない

「捨てられた婆たちで若者たちに復讐するB級映画らしいよ」

おいおいおい、設定的にそれがB級ってありえないでしょ、と突っ込んでみるもちょっと気になる

ということで探してみてみましたよデンデラ

調べるとAmazon primeで見れるということで即視聴

――――――――――――――――

始まりは70歳女性が雪山に置いていかれる場面から

村の掟で70を超えたら、じじばば問わず死に装束を着せられて捨てられる

極楽浄土を唱えながら、意識が遠のいていくところを、更に年上の老婆に助けられる

連れていかれた先は、自分より年上の女性達が皆せっせと働いている集落だった

皆一度はムラに捨てられた者達

集落の長は100歳女性、捨てられた婆のみを助けて50人を超える

婆集落デンデラを作り、そのルールそのものとなっていた

そこでは身分差は無く、誰もが平等、食料も均等であり元いた「ムラ」とは異なる

お互いが助け合うのが信条で、目が見えないものが居れば目になってあげる者、体が動かせない者が居ればその介護をし温かい場所で常に暖を取らせてあげる

ADLが自立している高齢者は皆、真冬の雪山で働き、働けない者が働けないことに文句は言わない

「ムラと違って平等だから」

と、むしろ生き生きとしているのだ

「ムラ」では生産性の低い人間は淘汰され、ムラを強くする為に若者が優遇される

子を育ててねばならないから、高齢者たちは不遇を受けるのだ

100歳の長は、集落の人数が増えてきた頃合いを見計らって、「ムラ」を襲うことを考える

現行の上下関係を無くし、誰もが平等で、平等の為に働くことが当たり前の世界を作るのだ、と

――――――――――――――

ここまで見ると、相当な社会派作品なのでは?と思わせるテーマが随所に散りばめられている

高齢者だからとて過度な社会福祉は不必要であり、自らのADLが自立しているならば自給自足の生活は可能である、と。自分が属する社会の掟が自分の人権を優先するものであるから、そうした自分の可能性を抑制されており、本来それは打開しなければならない。適切な社会参加の機会が与えられるならば老いても仕事は可能であり、老老介護を含む高齢者同士での社会福祉は実現可能である。

とした、現代にも通ずる高齢者の社会参加の在り方を序盤から議論し始めた。

現代では老いれば老人ホームであったり、デイサービスであったりを利用し、若い世代の世話になりながら「高齢者扱い」をされるが、本来それは若者の力を借りずとも高齢者同士での共同生活のシステムが出来上がっていれば不必要であり、未だ見つからない超高齢社会の答えの一つなのかもしれない。

高齢者扱いしないことこそが、若年世代と共存する為の1つの方法であり、高齢者も高齢者だと扱われないような働きをすることが可能ならばそうすべきで、高齢者扱いをされることに疑問を持たねばならない

との問題提起(いささか拡大解釈もすぎるかもしれないが)が上記のシーンで成されている。

視点が現代から見たものであるため、こうした解釈が自然とできたが、となれば今後の展開も予想される

若年世代との戦争をするということは、連綿と続いてきた人間という種としての生存戦略を問うということなのか、と。

少なからず、テーマが変遷するであろうことは誰もが必然と考えるところだが、話は急展開を迎える

―――――――――

さて戦いだ、と燃える婆たちの集落に、が襲撃する

婆たちを食い散らかし、人の味を覚えた熊が更に襲い掛かる

一端は倒したはずの熊だが、また他の熊が現れ集落を破壊していく

最後には生き残った2人の婆が元いたムラまで熊を誘導し、元々いたムラの住民たちを熊に襲わせる。襲ったのは手負いにさせた小熊の親熊

そこで最終的に主人公の婆は熊に問いかけるのだ

「勝ったのはどっちなの?」と

そして閉幕

――――――――――――――――――

問題提起した後の展開は一転してどこかしらでみたようなサメ映画の展開

完全にB級映画そのものだった

中でも熊との格闘シーンは圧巻で、婆たちだからスピード感のかけらもなく、アクションシーンも全く動きが無い

ゆっくりと棒で叩く為全くダメージにならず、逆に次々となぎ倒されていく婆たち

一度は倒したはずの熊が再び襲いかかるシーンを迎えたときには、もう既に何を見せられているのかわからない

物語の半分は熊との戦闘、実際はパニック映画だったのだ

姥捨て山の続きが熊との戦闘だった、なんて誰も想像しえなかっただろう

流石に何もいえねえ...

しかし冷静に見返してみると描写は細かいのだ

婆たちはみな白内障、おおよそコンタクトで演出している人もいたんじゃないかと思うほど白みがかった眼を光らせる

動きがスローモーなのもそれはその通りだし、一度こけたら立ち上がれないのも忠実でいい

もし、動きが異様にキレッキレな婆集団が、5人でグループを作って熊を集団でやっつけてたりなんかしたらそっちのが違和感があったに違いない

最後までノンストップで楽しく見れ...たわけでなく、かなり飛ばし飛ばしに見たが、なかなか笑えた映画

と、見終えた直後はそう思った

翌日以降更に冷静に振り返ってみれば、この熊に託された意味はもうちょっと複雑なのかもしれない

そもそも論として、熊による襲撃が無くともメインテーマは伝えられたはず

だがにも関わらず熊に襲わせたと言うことは、この熊そのものが深い意味を持つということ

この熊と言うのはこの舞台となった時代と、婆たちから見たことを加味すれば「容易にはコントロールできない象徴的存在」と言っていいだろう

それも「人間の味を知った」ということから人智のコントロールから離れた凶暴な存在

結局はこの熊に血の味を偶然に覚えさせてしまった婆たちは壊滅させられてしまったが、最後の発言からこの熊によってムラを壊滅させることが出来たような印象からして、婆たちの大願は果たされた可能性も示唆されている

しかし、熊たちは熊たちで親から子への生命の連鎖を保つ為に行っているわけで、たとえ婆たちがムラの若者に勝ったとしても、熊たちの連鎖が続いている為に本質的に勝ったかと言えると微妙なところだし、人間という種の連鎖は途絶えた為、広く見れば人間は負けたとも言える

この意味で勝者不在かつ敗者不明の戦いが熊によって起こされ終止符を起こされた

ではこの熊とは何か

原作が2009年、映画が2011年であることを加味すれば、リーマンショックによる経済の冷え込みとか東日本大震災とか、世代問わずして困窮させるものを指しているのだろう

いくら憎いからと言っても、痛み分けで終わることは勝利とは言わない

両者敗北となって気付くのは、協力すべきだったということそれだけ

問題が起きる前に、誰もが平等になれるような政策を準備し、それの為により後ろの世代につけを残してはならないのだ、というメッセージ性も拡大解釈すればあったのではないだろうか

ただ何も考えずに見ていれば、ただのディストピア物だったりパニックB級映画だが、熊の象徴するものが何なのか考えながら見れば最後まで社会派の映画

テーマは人類皆平等であるべき、で社会主義に見えて、その割には高齢社会への回答は高齢者だけでも回せるということからして極めて資本主義的

高齢者の気の持ちよう一つで高齢社会は乗り越えられると回答を見せた

だが熊(高齢者だけでは攻略できず、若者と共に力を合わせねばならない敵)は婆たちでは倒せなかった

慣習にとらわれず、お互いが本当の意味で力を出し合って災いに向き合っていくにはどうしたらいいのだろう

「熊」は人的に引き起こされるものとも見て取れるし、それにあぐらをかいてきたのは誰だろう

なかなか...回答があっさり見れているようで後味が悪いものですね

ということで、庄内で撮った映画を紹介してみました

・・・ただのサメ映画的な熊映画として見ても全然笑えると思うので、チェックしてみてください

1年目研修医 佐藤

2019年02月22日

研修医

このページの先頭へ戻る