研修医の声

「またドカッと降るかもしれませんね」

スカーゼでご飯を食べている時、マスターが一言呟く

鶴岡という街は四季折々、あまりにはっきりとしている一方で冬の終わりが明確でない

4月になろうとしているのに降るなんてのもまれにある

2月の終わりは冬の終わりを意味せず、暦の上での春だからといって3月は油断ならないのだ

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季節毎でその到来を予感させるのは何も天候、気候だけでは無い

食卓に並ぶ食べ物であったり、その時の風の匂い、環境の変化、道行く人の数などなど、目にして、肌で感じてわかるものが多い

私も住宅地以外全て田んぼの中で暮らしていたが故、そういった感覚は鋭敏で、とりわけ風の柔らかさと匂いに季節を感じることがある

コブクロの楽曲に「風」という曲があるが、風に誰かもしくは何かが重なる経験と言うのは、色んな風が吹く鶴岡ではよく感じることだ

暑がりなのもあってか、私はすぐに窓を開けたくなる故に、風を感じてきた時間も人より少し長い

四季は、記憶は、その瞬間にしか出会えないものと共に生きている、ということには幼いころから気付いていた

様々な植物が放つ初々しい香りに、どこか土の臭いが乗る風は、少し冷たいながらもそこまで嫌じゃない

むしろ少し柔らかくて外に出るのが楽しくなる

窓際に座り、現代文の授業中に風を感じてうとうとしたり、部活で汗だくになったままでも外が気持ち良くてそのままはしゃいでいた

鶴岡の春と言えば花見に天神祭

部活帰りに皆で行けば多くの高校生がどこかしこで買い食いしている

「鈴木、リンゴ飴食べる?」

何故か佐藤なのに鈴木と呼ばれていた私に、無邪気に突きだしてきた可愛い子集団のエースは、ミス南校2位だったか

普段真っ暗な鶴岡公園をよりきらびやかにして見せたのは間違いなく彼女たち

私にあの情景を思い出させてくれたのは、くしくも彼女たちと再会したとか、そんなものではない

あまり晴れない時期の、雲一つ無く晴れたスッキリとした日の夜風だった

車もあまり走ってなくて静かな、長袖でちょうどいい日の、柔らかくて少し切なくなるような風

その風を以前浴びたのは、皆と騒いでさようならした後

騒いだ後に帰ると、少し物足りなくて、ちょっぴり切なくなるそんな感じ

1人だとその柔らかさは少し辛いような、そんな風

日中はあまり風が吹かず、ただ暑いのが鶴岡

けれど一転して夜になれば涼しくなり、いつも思い出すのは塾の帰りの車の中

窓を全開にして、マックフルーリーを食べながら、その日の面白かったことを母に話す

中学の時通ってた東北大進学会がめちゃくちゃ面白いのなんのって

あの時出会った人で今でも密に付き合いがある人もいるくらいだから、本当に思い出の場所

何なら中学で一番思い出のあるのが、中学校で無くて中3夏から通った塾ですからね

夏に窓全開にして、七号線を走った時の生温いけど無理やり冷やしたような、汗はギリギリかかないような風がほんと好き

塾のことを何でも思い出すし、当時の塾の玄関の匂いでさえ思いだすほど

一番強烈に思い出すのは、寒くなり始めた10月の晴れた日の夕方5時

幼馴染と遊んだあと、さあ帰ろうかと話している時に吹いた、あの時の風

身体に染みるほどのような印象的なモノでは無いながらも、ただ普通に肌心地が良く、包まれるような風

夏が終わり、夏風から秋風に移行しようとしている中でもより秋よりの感じの、これまた長袖で丁度いいが春よりかは少し湿気がある

「えっ」

突如変なことを言われて、そう心の中で呟いたのを思い出す

小学校まではよく遊んでいたのに、引っ越してからはもう接点が無くなったが故に、ふと夜風に当たった時に思い出す

今何をしているんだろう

冷たいし、固いし、痛いしでいい思い出の方が少ない

病院から夜中ピッチで呼ばれて、でも車は雪の中に埋もれていて掘り出すのが面倒で歩いて行った時の、鶴岡の冬にしてはそこまで強くは無く、しとしとと雪が降り積もるようなやわい風は、これからずっと思い出すことになるのだと思う

電話で伝えられた状況よりも事態は深刻で無いことを祈りながら、足取りが重くて、夜中上級医に電話することになったら申し訳ないなとか思い、気分を上げる為に何か曲でもとスキマスイッチのrevivalを聞きながら

思ったよりも大したことなくて安心し、ローソンによってから帰ろうとした時のきた時とは異なる軽い足取り

おでんを買ってなるたけ揺らさないようにと気を付けながら歩いた時には、来たときよりも冷たい風が吹いて、早く帰りたいのに急げなくてもどかしい

官舎について、エレベーターを降りた時に吹いた、階段から強く吹いた風のウザったさ

そして足をとられた、微妙に雪が積もった吹き溜まり

おでんは大丈夫、守り切った

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四季が豊か、風が豊かと言うのはそれだけでこの土地の豊かさを物語る

その日その日を自然が、大地が主張してくれるのだからそこに何かを感じて、自分の1日を重ねないともったいない

明日はどんな風が吹き、どんな1日になるのでしょうか

気持ちを揺さぶられるような1日になって欲しいものですね

1年目研修医 佐藤

2019年03月06日

研修医

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